ニュースを見ていると興味深い記事があった。今日我々が中国語を学ぶ上で、大変な効率化に貢献しているのが拼音である。その功労者(周有光 Zhōu Yǒuguāng 1906年1月13日 – 2017年1月14日))がなんと111歳まで存命で、先頃亡くなられたということだ。

周有光 略歴:上海の大学で経済学と言語学を学ぶ。1930年代に日本へ留学。50歳頃に専門研究として言語学を開始。中国文字改革委員会(1952年開始)の要請で「漢語ピンイン計画委員会」の委員の一員に加わるとともに、拼音の考案に貢献。1958年の全人代の決議で現在の形式のピンインが導入されたとのこと。そして82歳になった時に、パソコン操作を勉強。80年代にシャープから拼音入力のワープロを送られてから、入力方式にも関心を持つようになった。100歳になった頃に中国の微博を開始。退職後は政治批判もよく行っていた。

比較的早く、平仮名とカタカナが普及し、ヘボン式ローマ字が使われている日本人には想像しがたいことだが、中国語の発音をどう表記するかを巡って大変な混乱があった。それが、(そもそもパソコンやスマホのようなITを用いた入力手段、表現手段がない時代における中国の)近代化を妨げる一因ともなったと考えられている。一応大陸ではもう拼音が使われており、国際的にはアルファベットで表記する時は大体それで行われている(例:パスポート、地図、国連における中国に関する表記等)のだが、台湾では、注音記号が使われているが、アルファベットでどう表記するか結構未だに揉めている(要は中国大陸と同じというのは拒否したいということだから)らしい。日本語も難しいのは確かなのだが、発音の表記に苦労した、という話をあまり聞いたことがない。何れにせよ、すごい実績(何億人に影響を与えたことか!そしてこれからも!)を残した人が居たものだ。合掌。

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