最難関の方向補語をマスターできるカギは、俯瞰視点
今回お話するのは、中国語にとって大事な『空間認識』と『秩序の概念』です。
まず、中国語を理解する上で最も大事な、言語表現の根底に存在する『主語→受け手の秩序(上下関係)』について説明します。
中国語学習者が理解に苦しむ難点の一つとして、中国語には日本語では曖昧にしか存在しない『話題の対象を位置付ける空間認識』が明確に存在することです。
日本語の場合、『事柄の順番』や『話題の状態(アスペクト=態)』を述べる際に、主語もしくは話者の主観によって【『敬語表現』や『話題を支配している暗黙の了解(いわゆる“空気”)』】をツールとして目の前の受け手を想定した表現がされます。
分かりやすく説明すると、日本語の敬語表現は『相手が絶対に上の立場である』という前提の下で、話題の主語に従って相手を持ち上げることを重視する尊敬語か、自分がへりくだることを重視する謙譲語か、という決定がされます。
日本人の話し方が丁寧だ、と俗に言われる言語的な背景としては、この敬語表現に代表される『自分を相手よりも下に位置付ける』という固定化された礼儀の思想が存在するのです。
中国語がこれと異なるのは、話題を決定づける際に必ず『主語→受け手の秩序(上下関係)』が存在することです。
これはどういうことかというと、まず話題の方向性や事柄の順番を決定する際に置かれる視点に、日本語の場合は主語=(or≒)話者という前提が存在します。ところが、中国語の場合は主語≠(or=)話者と置き換えられます。
- 日本語の場合 主語=(or≒)話者
- 中国語の場合 主語≠(or=)話者
先程話したように、日本語には敬語表現に代表される主観的な視野が言語系統の根底に存在します。
中国人やアメリカ人が外国語として日本語を学ぶ際に「が」「に」「の」などの格助詞の使い分けに悩むという話が頻繫に耳にされます。逆に日本人が英語のin, at, on 等の場所の前置詞の使い分けに悩むという話もよく話題にあがるでしょう。これは、母語における空間認識と話者の目線の相違点に起因する理解の欠如から起こるものです。
つまり、日本語母語話者である日本人からすると、英語習熟度が低い状態でin, at, on の区別を述べても「どれも『主語=自分から見たら』~の中(上)だろ?何が違うんだ?」という主観的視野を前提とした日本語の視点でしか判断ができません。
逆に、日本語の格助詞の使い分けを決定する要素はあくまでも次に続く述語の性質であり、主語が何であるかということには注目しません。
- 今から学校へ行く。
- 今から学校に行く。
「へ」「に」はどちらも主語の行動の方向性を示す格助詞です。上記2文はどちらも同じ意味で用いられ、区別はありません。
「に」には他にも状態の変化の結果(例:明日は休みになった。)・動作を行う場所(壁にポスターを貼る。)といったことを表す際にも用いられますが、上記「へ」「に」のように説明する対象が共通する場合は全く同じ用法で用いられます。
これは名詞+格助詞+その他の語句(名詞・動詞・形容詞等)という関係が主語=(or≒)話者であるという主観的視野によって決定されるという、日本語の特徴によって引き起こされるものです。
この主観的視野に基づく判断というものが日本語では汎用的に用いられます。しかし中国語の場合は、主語→受け手の方向性は必ずしも主語=(or≒)話者の主観的視野によって決定するとは限らず、話者が主語・受け手及びその話題の方向性を俯瞰した立場から判断するという方法が用いられるのです。
これが上述した主語≠(or=)話者という図式に当てはめられます。
そして、中国語において話題の方向性を決定するのに用いられるのが『方位詞』となります。運営者が中国語が『秩序の言語である』と結論づける根拠として、中国語は方位詞をベースとした空間認識によって話題の方向性を絶対的なものとし、思考の前提となる枠組みを形成しているからです。
以下は、その根拠と事例について説明します。
方位詞とは、上下左右、前後といった方向を指し示す語のことを言います。
- そこの角を左に曲がって。
- ご飯を食べる前に手を洗いなさい。
- 後から後から人が増えていく。
この方向とは、日本語でも上記のように必ずしも物理的方向に対してのみ用いられるとは限らず、時系列や順序を示す際にも用いられます。
中国語の場合も同様に①物理的方向、②時系列・順序を示す際に方位詞が用いられますが、この他にも③話題の空間認識を示す際に方位詞が用いられます。
その代表格が、方向補語(ほうこうほご)です。
単純方向補語は、「来・去・上・下・过・回・进・出・起・开」の10個を言い、それぞれ動詞・形容詞の後ろに置かれて動作の方向を表します。
複合方向補語は、上記10個の単純方向補語を組み合わせて使っている状態の方向補語を指し、ある動作によって2つの状態が進行することを表します。
方向補語は、上述した主語≠(or=)話者を説明するいい例となります。例えば・・
小猫跳上了床。
xiǎo māo tiào shang le chuáng.
訳:子猫がベッドの上に飛び乗った。/子猫がベッドの上に飛び上がった。
小猫跳下了床。
xiǎo māo tiào xia le chuáng.
訳:子猫がベッドに飛び込んだ。/子猫がベッドの上から飛び下りた。
・・・という文は、主語=小猫 xiǎo māoであり、話者ではありません。ですが、小猫の動作の方向を示す方向補語として用いられている上 shang、下 xia は、主語の小猫視点ではなく、話者の視点から決定されます。
上記の文は『小猫の動作』という単体の対象による具体的な行動の結果であるため、空間認識を用いなくても理解ができるかもしれません。
では、次の例を見てみましょう。
把罪囚押上皇帝面前来!
bǎ zuì qiú yā shàng huáng dì miàn qián lái!
訳:罪人を皇帝の御前に引っ立てい!
・・・この文をぱっと読んだとき、歴史ドラマで宮殿の中で罪人が兵士によって皇帝の目の前に引っ立てられているシーンが思い浮かぶでしょうか?
これを現代で置き換えれば、裁判所で被告が証言台に立って裁判長に向き合っているシーンに近いものだと認識してください。
中国・明代のとある小説に、以下のような挿絵がありますので、こちらもご参照ください。
(周亮 高福民主編『蘇州古版画』,第3冊,明崇禎卷,『蘇門嘯』古吳軒出版社,2007年版,P136より引用。)
このシーンでは裁判官の役割を担っているのが椅子に座っている長官、そしてそれに向かい合っているのが被告である民衆、という構図となります。
話は一旦方向補語に戻ると、方向補語は上記のように猫=主語の具体的な動作の方向を示す他にも、抽象的な概念の上←→下、前←→後ろという話題の方向の決定にも用いることができます。
これを踏まえてもう一度上の文章を見てみましょう。
把罪囚送上皇帝面前来!
bǎ zuì qiú sòng shàng huáng dì miàn qián lái!.
訳:囚人を皇帝の御前へ引っ立てい!
・・・この文章の上 shangは先程の小説の挿絵をご覧になればわかる通り、決して誰かが囚人を物理的に上に抱き上げて皇帝に差し出したことを示しているわけではありません。ここで示されている上←→下の方向とは、罪囚(or話者)<皇帝という社会的地位による抽象的な上下関係です。
(これと関連した例として、日本語で言う出世を意味する中国語は提升 tí shēng、提・升はどちらも持ち上げる、昇ることを意味する単語です。)
そしてこの上下関係とは、決して主観的視野によるものではなく、社会的通念=客観的見聞によるものだということが説明できます。この場合、話者は話題の中の主語や目的語、または動作対象には含まれておらず、客観的立場に立つ傍観者=観客(オーディエンス)であると位置付けることができます。
中国語の空間認識イメージをデフォルメ化。
絵を見ている人の視点から、絵の中のストーリー=主語・目的語・話題の方向等が決定されていく。
先程の方向補語の抽象的な概念の移動とは、社会的地位に限らず品質の優劣・天候の変化・対象の往来といった様々な概念に対しても応用可能です。
上記の内容を踏まえると、方位詞による『方向』の決定のルールがいかなるものなのか、ということが見えてきます。
中国語の方位詞及び順番リスト
前面
qián mian |
先 |
后面
hòu mian |
後 |
上一个(上面)
shàng yí ge (shàng mian) |
前(順番) |
下一个(下面)
xià yí ge(xià mian) |
次 |
方位詞による中国語の話題の進行のモデル図
前面→→→→→→→→→→→→→→→→后面
上一个(上面)
↓
↓
↓
下一个(下面)
・・・中国語では、前→後ろ、上→下という順番の概念が決定づけられています。
①前面→后面
→向かい合う相手に対する順番の方向
②上一个(上面)→下一个(下面)
左邻右舍
zuǒ lín yòu shè |
関係のよい近い住居や人間・国家関係。 |
左思右想
zuǒ sī yòu xiǎng |
色々な方面から考える。 |
左顾右盼
zuǒ gù yòu pàn |
辺りをきょろきょろしている、ためらう。 |
左右逢源
zuǒ yòu féng yuán |
やることなすこと全て成功する。 |
左右开弓
zuǒ yòu kāi gōng |
同時に2つのことをこなす。 |
- まとめ
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